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二酸化炭素リサイクル

地球温暖化を阻止し

再生可能エネルギーによる全世界の持続的発展のために

  橋本功二

​koji[at]imr.tohoku.ac.jp

([at]を@に変更してください)

2020年7月

はじめに

 

 有史以前から産業革命前までの大気中の二酸化炭素濃度は約280 ppmでした。人類が,大気中の二酸化炭素濃度を産業の発展と共に上げてしまいました。特に,ここ50年は二酸化炭素濃度の上昇が著しく,気温が産業革命前より2-3℃高かった350万年前の値をはるかに越えて上昇し続けています。2015年COP 21は,地球の平均気温を産業革命前の値より2℃は上げないこと,できれば1.5℃迄の上昇に留めることというパリ協定を採択しました。

 世界は,化石燃料燃焼による二酸化炭素排出を止めて温暖化を抑え,再生可能エネルギーだけを使って持続的発展を維持する方向に舵を切って進んでいます。地球上には使い切れない再生可能エネルギー源があります。再生可能エネルギーを電力に変える技術もあります。

 

 再生可能エネルギーの電力源の主体は断続変動する風力や太陽光です。電力の余剰分を蓄えて直接発電の電力を補って,断続変動のない高品質の安定な電力を,需要に応えて十分に供給する必要があります。

 私達は1980年代から,再生可能エネルギーから得られる電力を用いた水の電気分解による水素の製造と,回収した二酸化炭素と水素の反応によるメタンの製造の研究開発を行って来ました。これによって,余剰電力を天然ガスと同じメタンの形で蓄えて,このメタンを天然ガス発電に使えます。稼働と停止が容易な,合成天然ガス発電の電力で,再生可能エネルギーから得られる断続変動する直接発電の電力を補って,高品質の安定な電力が供給できます。

 著者は,地球温暖化の背景,実状,私達の研究開発,世界の動向,これからのあり方などを纏めて,Springer Natureから“Global Carbon Dioxide Recycling, For Global Sustainable Development by Renewable Energy”と題した本を2019年6月に出版しました。対応する和文は,東北大学出版会から”グローバル二酸化炭素リサイクル,再生可能エネルギーで全世界の持続的発展を”と題して,2020年2月に出版しました。

 これは,その要点をまとめたものです。

目 次

はじめに

1.人類の身勝手な振る舞い

2.エネルギー消費の世界の歴史

3.このままでは今世紀半ばまでに化石燃料とウラン資源が枯渇

4.先進国の責任

5.使い尽くせない量の再生可能エネルギー源

6.燃料としての水素の夢

7.再生可能エネルギーから得られる余剰電力をメタンの形で蓄える

8.再生可能エネルギー源だけで二酸化炭素をリサイクルして安定な電力供給

9.再生可能エネルギーからメタン製造のキーマテリアル

 9-1.水の電気分解用陰極と陽極

 9-2.二酸化炭素と水素からメタンを造る触媒

10.実証プラント

11.断続変動する再生可能エネルギー発電の不足分を補い供給電力を安定化

12.世界の趨勢

13.これからの日本

14.発電と電力供給は各地域から

15.おわりに

謝辞

文献

1. 人類の身勝手な振る舞い

 

 

過去100万年間の大気中の二酸化炭素濃度

間氷期:約280 ppm,氷期:約180 ppm 

この100年間で350万年前の値400 ppmを越えた

 

  東北大学と国立極地研究所による,大気中の二酸化炭素濃度の歴史的変化の研究は,地球温暖化の進行を目で見ることができる最も重要なデーターを私達に与えてくれています[1]。図1は,南極大陸の大気中の二酸化炭素濃度の歴史的変化[1]と,岩手県大船渡綾里の大気中の二酸化炭素濃度の測定結果[2]です。

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図1. 東オングル島の北70 kmの氷床に記録された南極大陸の歴史的大気の

        二酸化炭素濃度と南極大陸の大気の二酸化炭素濃度の東北大学理学

     研究科大気海洋変動観測研究センターのデーター[1]および岩手県

        綾里の大気中の二酸化炭素濃度[2].

 日本の自然の大気の二酸化炭素濃度の上昇の傾向は,南極の大気の二酸化炭素濃度の上昇の傾向と変わりありません。日本と南極の数値の差は,わずか3-4 ppmです。これは二酸化炭素が一度大気に排出されると,私達の惑星の表面全体に広がってしまうことを示しています。大気中の二酸化炭素濃度の急激な上昇による温暖化には,自分は関係ないということは許されず,全世界が協力して解決しなければならないということです。

 

 燃料を殆ど薪に頼って暮らしていた有史以前から産業革命迄,私達は二酸化炭素濃度が約280ppmの大気の中で暮らして来ました。1700年代の後半に始まった産業革命の後,大気中の二酸化炭素濃度は増加しました。特に,1970年以降は,地球が処理しきれない大量の二酸化炭素を先進国が排出し続けていたため,二酸化炭素は毎年1.85ppmという速さで大気に濃縮して来ました。2007年以降は,先進国だけでなく途上国の産業活動の発展も手伝って,大気中の二酸化炭素濃度はさらに高速に毎年2.28ppmと言う速度で増大しています。その結果,2020年には,大気中の二酸化炭素濃度は419ppmに達しています。

 

 国連気候変動枠組条約締約国会議第4次評価報告書:気候変動2007[3,4]によれば,2007年の大気中の二酸化炭素濃度は350万年前の鮮新世に迄遡ると言われています。私達ホモ・サピエンスが現れたのが20万年前に過ぎないのに。鮮新世には,大気中の二酸化炭素濃度は360-400ppmで,産業革命以前より気温は2-3℃高く,海面は15-25m高かったそうです。

 地球上にはいろいろな生き物が現れました。それらの生き物は,その生き物にとって最適な気候のときに繁栄し,気候変動に順応できないと滅びて行きました。

 人の祖先がチンパンジーやボノボの祖先と別れたのが700万年くらい前で,直立二足歩行が始まったのが約400万年前からと言われています。350万年前は,それよりいくらも経過していません。他の動物より運動能力が劣る二足歩行の猿人が,主として木の葉,根,果実,木の実などを食べていた時代です。これは,人間の祖先が少し進歩して,他の動物の食べ残しの肉をあさってさまよって歩いた時より100万年近く前の時代です。初めて道具として,動物の肉を切ったり皮を剥ぐのに石のフレークを使うことを見つけた最初のヒト族のホモ・ハビリスが現れたのが約240万年前と言われています。

 

 今のほとんどの生き物は350万年前の気候の中で暮らした経験がありません。現在の多くの生き物は,1万1千年続いている今の間氷期の気候だからこそ生き続けることができています。

 

 2015年12月パリで行われた第21回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP 21)は,ヨーロッパ諸国のリーダーシップで,地球の平均気温を,産業革命以前の値より2℃は上げないこと,できれば1.5℃迄に留めるように努力するというパリ協定を採択しました。

 ホモ・サピエンスは,身体は大きくても運動能力が劣っていましたので,助け合わなければ生き延びられませんでした。私たちは,助け合うことがDNAにも書き込まれている唯一の生き物と言われています。助け合うために言葉が発達し,智慧を共有して繁栄してきました。地球温暖化はその私達人間が引き起こしたものです。地球上のウイルスCOVID-19との戦いと同様,全世界が争わずに協力して,人類の責任でこれ以上の地球温暖化の進行を抑えなければなりません。パリ協定は,人間を含めた全ての生き物に対して,私達が実行しなければならないぎりぎりの約束です。 

 

 そうは言っても,現在の大気中の二酸化炭素濃度は,産業革命以前より気温が2-3℃高かった350万年前の値をはるかに超えて増え続けています。パリ協定を実行するには全世界が如何に真剣に努力しなければならないかわかります。

2. エネルギー消費の世界の歴史

 

 

 

 図2[5]は,37年間の世界の一次エネルギー消費量の歴史を示しています。

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図2. 世界の一次エネルギー消費量の37年間の歴史[5].

 

 

 2017年には,化石燃料燃焼は一次エネルギー消費量の85.1%でした。水力発電とその他の再生可能エネルギーによる電力は6.8%と3.9%でした。原子力発電はわずかに4.2%でした。これらの割合は年ごとにあまり変わることはなく,世界の一次エネルギー消費の総量は,世界不況の時を除いて,増え続けています。 1980年と2017年の世界の一次エネルギー消費量の平均で見ると,世界の一次エネルギー消費量は1980年以来毎年1.0187倍ずつ増え続けています。

3. このままでは今世紀半ばまでに

化石燃料とウラン資源が枯渇

 

図3[5,6]は世界の一次エネルギー消費量の歴史と将来を示しています。

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図3. 世界の一次エネルギー消費量の歴史と将来[5,6].

 図の右側の太い青線は世界の一次エネルギー消費量が毎年1.0187倍ずつ増え続ける場合の外挿値です。例えば,太い青線上の2050年の世界の一次エネルギー消費量の予測値をとって,これを,増え続ける世界の人口を外挿した2050年の予測値で割ると,2050年の世界平均の一人当たりの一次エネルギー消費量が出ます。こうして得られる2050年の世界平均の一人当たりの一次エネルギー消費量の予測値は,2017年に私たちOECD諸国の人々一人一人が消費した値1,921億1,000万ジュールの58.9%に過ぎません。したがって,図3の太い青線はひどく過小評価した需要予測値です。それにもかかわらず,2017年迄の歴史に従って,この過小評価のエネルギー需要予測に応じて燃料を世界に供給すると,2016年の世界の石油資源量1.652兆バレル[5]は2049年迄に消費し尽されます。そのまま,需要に応じて残る資源を供給すると,天然ガス[5],ウラン[6],石炭[5]が次々と無くなります。過小評価の需要見積もりに応えてもこういうことです。

 これ迄のように,化石燃料とウランを消費し続ければ,今世紀半ば迄にこれらの全資源量が消費尽くされます。化石燃料資源を燃やし尽くすのですから,現在よりもはるかに耐え難い温暖化が起こることは明らかです。しかし,今,私達が再生可能エネルギーだけを使い,二酸化炭素の排出を止めることにすれば,世界が生き延びられます。私達の地球には,私達が使い切れない有り余る再生可能エネルギー源がありますから。

 

 地球の化石燃料やウランの資源量に将来はないことは図3から伺えます。しかし化石燃料は有機材料の貴重な原料ですから,全て燃やして二酸化炭素に変えてしまうわけにはいきません。化石燃料は, 大事に残す必要があります。

 

  原子力発電はどうでしょう。先進国が国家プロジェクトとして,競って70年近く原子力発電を行って来ました。原子力発電の年間総発電量は,世界31カ国合わせても,世界の年間一次エネルギー消費量のわずかに4%台と,増えることもなく,世界から見れば役立たずな技術です。産業としては,火力発電より性能が劣り,費用が高く,多くの人手を必要とします。同じ量の発電をするなら,費用対効果だけで見ても,原子力発電より火力発電の方がはるかに優れていることがわかりましたから,原子力発電は世界で拡がりません。

 

 しかし,日本では,休止ししている原子力発電を再稼働させる動きがあります。産業技術に絶対安全なものはありません。いくら安全対策をしても,人間が造ったものに絶対安全なものなどないことは誰でも知っています。原子力発電所は,大都市近郊には一つもありません。都会から出来る限り離して設置してあります。火力発電所は大都市に普通にあるのと大きな違いです。

 

 一度事故を起こせば、何十万人の人が何十年も避難しなければなりませんし,子供や作業従事者にガンが発生するのは避けられません。チェルノブイリの事故から20年後の2006年に,WHOは,被曝によってガンを発症した死者は9,000人[7]と信じがたい数を発表しています。チェルノブイリの事故では,危険なセシウム137による汚染が1平方メートルで4万ベクレル以上の面積は20万平方キロメートルを越え,その71%がベラルーシ,ロシア,ウクライナと報告されています[8]。この71%だけでも本州の面積の62%に当ります。いくら都会から離して設置されていても,大きな事故が起これば,沢山人が死ぬだけでなく,島国日本では人の住める場所が無くなってしまう危険がある役立たずな原子力発電を抱えているのは,全く愚かなことです。

 そんな危険な産業が存在することは許されません。電気を造る方法は他に沢山あります。

4. 先進国の責任

  

 先進国は,大量に二酸化炭素を排出して温暖化を誘起してきましたから,再生可能エネルギーだけで世界が持続的発展をすることができる技術を開発して,世界に普及する責任があります。役立たずで,大勢の人を危険に曝すような原子力発電技術を利己的に使い続けるときではありません。

 

 

5. 使い尽くせない量の再生可能エネルギー源

 

 

 これ以上の地球温暖化の進行を防ぎ,化石燃料を使い尽くすことを避けるためには,全世界が化石燃料燃焼をやめ再生可能エネルギーだけを使い,二酸化炭素の排出を産業革命以前の水準に制限しなければなりません。​

 

 再生可能エネルギー源は私達の惑星には,使い切れない量あります。世界は2017年に一次エネルギーを6.1353 垓ジュール使いました[5]。これだけのエネルギーを砂漠に太陽電池を据えて電力の形で造り出すことを考えてみましょう。太陽電池は,今,市販されているエネルギー変換効率20%のものを用い,1平方mに1,000 Wの太陽光が砂漠では1日8時間注ぐと仮定しましょう。  ​世界中が消費した2017年1年分6.1353 垓ジュールの量のエネルギーを電力の形で造り出すのに必要な砂漠の面積は29万2,300平方kmです。これは,地球上の主な砂漠の面積2,269 万平方kmのわずか1.29%に過ぎません。この限られた砂漠に太陽電池を据えるだけで,2017年に世界が使ったエネルギーを電力の形で得られます。​

 

 砂漠に太陽電池を置くまでもなく,建物の屋根でどこでも太陽光発電は出来ますし,この地球には,風力を始め有り余る再生可能エネルギー源が使い切れない多量にあります。私たちは再生可能エネルギーを電力に変えるいろいろな技術も持っています。​

 

6. 燃料としての水素の夢

 

 私達の惑星には使い切れない有り余る再生可能エネルギー源があります。全世界が再生可能エネルギーだけを用いて,持続的発展を維持できるような技術を確立し普及する必要があります。

 1970年代には,私達は,洋上に筏を浮かべ,その上に太陽電池を据えて,発電される電力を用いて,その場で海水を電気分解して水素を造り,世界に供給することを考えていました。しかし,水素の貯蔵,輸送,燃焼のために世界に普及している技術はありません。

 

 化石燃料の代わりに世界に供給する燃料は,貧しい国も富める国もすぐに使える燃料でなければなりません。再生可能エネルギーから造られる電力の余剰分を,貯蔵,輸送,燃焼のインフラと技術が世界に広く普及している今使われている燃料に変える必要があることを私達は理解しました。

 

 

7. 再生可能エネルギーから得られる余剰電力を

メタンの形で蓄える

 

 

 余剰電力を今使われている燃料に変えると言うことは,有機燃料を合成することです。余剰電力を使う水の電気分解で水素を造ることが出来ます。私達は,この水素と排気ガスの二酸化炭素とを使って,有機燃料を合成することを1980年代から始めました。

 再生可能エネルギーから現在使われている燃料を製造することに,私たちは幸運でした。水素と二酸化炭素を反応させると,他の物質を造らずに100%メタンだけを高速に造る極めて有効な触媒を私たちは見つけることができました[9]。メタンは天然ガスの主成分で,天然ガスには有効な燃焼施設と貯蔵や輸送のインフラが世界中にあります。

 

 

8. 再生可能エネルギー源だけで二酸化炭素を

リサイクルして安定な電力供給

 主な再生可能エネルギー源は,断続変動する風力と太陽光です。変動する電力需要に応えて,100%再生可能エネルギーで世界が暮らすためには,再生可能エネルギーから発電した電力の余剰分を蓄えて,直接発電の電力を補って,断続変動のない高品質の安定な電力を供給する必要があります。

 

 数時間や1日なら蓄電にバッテリーなど既存の技術を使えますが,季節変動を考えると,数ヶ月は余剰電力を蓄える必要があります[10]。現在は,変動する需要に応えるための日々の出力の調整には,稼働と停止が容易な天然ガス発電が使われています。私達の合成メタンは,そのまま天然ガス発電に使えます。

​​

 余剰電力をメタンに変えて蓄え,再生可能エネルギーから直接造られる断続変動する電力に,合成メタンによる天然ガス発電で造る電力を補って,断続変動のない安定な電力を十分に供給すれば,世界は今のまま問題なく暮らせます。天然ガス発電で生じる排気ガスの二酸化炭素はそのままメタン製造に使えますので,二酸化炭素を原料として,外から集めて来る必要もありません。

9. 再生可能エネルギーからメタン製造のキーマテリアル

 キーマテリアルは,水を電気分解して陰極で水素を作り陽極で酸素を造る電気分解用高活性陰極と陽極,二酸化炭素を水素と反応させてメタンを造る高性能触媒です。私達はグリーンマテリアルと名付けて,これらの研究を1980年代から始めました。

9-1. 水の電気分解用陰極と陽極

 水の電気分解は(1)式です。

        4HO → 4H + 2O                                  (1)

 水素と酸素を造る速度は電気分解の電流の大きさで決まります。産業規模の速度で水素や酸素を造るには,1平方mの電極で6000Aの電流を流したい所です。これで, 1平方mの電極上で,1時間に水素が2.5立方m出来ます。電気分解の電力消費を抑えるには,1平方mあたり6000 Aの電流を流すための電気分解の電圧を低く抑えなければなりません。そのために,高活性な電極を創り出す必要があります。

 図4[11]は,いろいろな電極を使った水の電気分解による水素製造の電流と電圧の関係です。普通の金属であるNiやFeなどを陰極に使うと,水素生成の活性が低いために,高い電圧が必要です。

 これに対し,私達が簡単なメッキで創り出したNi-Fe-C合金は,この電極の上で起こる水素生成反応の機構からみて,これ以上の活性は得られない高活性電極です。一方,NiやFeなどは水素生成反応の機構からみると,最も活性が低い材料です。

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図4. 90°Cの8 M NaOH で測定したニッケル,鉄およびニッケル合金上での

水素発生のための水の電気分解の電流密度と電位の関係[11],

   許可を得て転載, Copyright 2000, The Electrochemical Society.

 

 

 

 電気分解に使う水溶液中で侵されない陽極として使える高活性合金の主体はNiとCoです。

 

 卒業生達が企業で,これらの電極を使って水の電気分解の実用プラントを建造しています。

 

9-2. 二酸化炭素と水素からメタンを造る触媒

 

 メタンを造る二酸化炭素と水素の反応は(2)式です。

 

                          4H2 + CO2 → CH4 + 2H2O                           (2)

 

普通の触媒を使うと反応が遅く,しかも下の式のように一酸化炭素が生じてしまいます。

 

         H2 + CO2 → CO + H2O                  

 

 一酸化炭素を造るこのような反応は起こってはなりません。

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図5. Ni-ZrO2, Co-ZrO2, Fe-ZrO2, Ni-TiO2, Ni-Nb2O3あるいはNi-Ta2O3触媒

   1g上を80% H2と20%CO2の混合ガスを1時間に0.9 Lの速度で流した

   場合のCO2転換効率[9],

   許可を得て転載, Copyright 1993, The Electrochemical Society.

 

 二酸化炭素と水素は触媒表面に吸着して反応します。図5[9]はいろいろな金属元素からなる触媒を使い,反応(2)を行わせた場合の二酸化炭素が変換されて減少する速度です。Ni-Zr合金を原料とした触媒が,最も高速に二酸化炭素を消費しています。

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図6. Ni-ZrO2および Fe-ZrO2触媒1 g上を80% H2と20%CO2の混合ガスを

    1時間に0.9 Lの速度で流した場合の反応生成物の分析結果[9],

     許可を得て転載, Copyright 1993, The Electrochemical Society.

 

 出来たものを調べたのが図6[9]です。Ni-Zr合金を原料とした触媒は,99%以上メタンを造り1%以下がエタンですから生成物は理想的です。Fe-Zr合金などを原料とすると,主な生成物は一酸化炭素で,しかも図5のように反応は遅く使い物になりません。 

 触媒の成分と製造法を改良して,現在は,卒業生達が企業で,二酸化炭素メタン化プラントを建造しています。

 

 

10. 実証プラント

 

 電極と触媒の研究が進行したお陰で,1995年秋に特別な予算を戴き,企業の卒業生達が図7[12]のように実証プラントを東北大学金属材料研究所屋上に造ってくれました。1996年春のことです。太陽電池で発電した電力を用い,水の電気分解で水素を造り,水素を二酸化炭素との反応でメタンに変え,メタンを燃焼して二酸化炭素をメタン化プラントに送り返すものです。世界最初のPower-To-Gasプラントです。しかも二酸化炭素はリサイクルします。

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図7. 1996年東北大学金属材料研究所屋上に設置したグローバル

           二酸化炭素リサイクル実証プラント

メタンの燃焼は(3)式です。

 

                           CH4 + 2O2 → CO2 + 2H2O                           (3)

 実証プラントでは,メタンを燃焼させる容器の中を予め二酸化炭素で充たして,(3)の反応に必要なだけ酸素を送り込みながらメタンを燃焼しました。排気ガスの水蒸気が冷えて水になると,残る二酸化炭素はそのままメタン生成システムに送り返されます。

 

 

 

11. 断続変動する再生可能エネルギー発電の不足分を補い

供給電力を安定化

 

 天然ガス発電プラントのようなメタン燃焼施設に,水の電気分解プラントと二酸化炭素メタン化プラントを併設します。こうすると,水の電気分解 (1) で出来る酸素を天然ガス発電プラントの排ガスで希釈して (3)’のように,天然ガス発電プラントのメタン燃焼に使えます。

 

                       CH4 + 2O2 + 8CO2→ 9CO2 + 2H2O                          (3)’

 

 この場合は,(3)’の排気ガスは空気で燃やすときのように窒素を含むことはありません。排気ガスの水蒸気を冷やして落とすと,残る二酸化炭素は,反応(2)のメタン製造と,反応(3)’のために反応(1)で出来る酸素を希釈するのに,そのまま繰り返し使うことが出来ます。

 

 これに対し,空気は酸素の4倍の量の窒素を含んでいます。メタン燃焼の(3)の反応に必要なだけ,空気でメタンを燃やす場合は,式(4)のようになります。

 

                      CH4 + 2O2 + 8N2 → CO2 + 8N2 + 2H2O                  (4)

 

 排気ガスは,二酸化炭素の8倍の窒素を含んでいます。排気ガスから二酸化炭素を分離して,メタンを造るのに再び使うのは大変な作業です。

 

 反応(3)’の8CO2は反応の前と後で変わりませんから, 実際の反応は(3)で,全体の反応は(1),(2),(3)です。

             4H2O → 4H2 + 2O2                                     (1)

        4H2 + CO2 → CH4 + 2H2O                                 (2)

        CH4 + 2O2 → CO2 + 2H2O                                 (3)

 

 この場合,二酸化炭素と水はリサイクルして繰り返して使われますので,原料として添加する必要はありません。反応(3)’のために酸素の希釈に使われた二酸化炭素は、繰り返し酸素の希釈に使われます。

 このようにして,余剰電力はその場でメタン迄変換します。メタンを燃料とする合成天然ガス発電は,再生可能エネルギーから発電される電力の変動の状況と電力需要に応じて行います。再生可能エネルギーから発電される断続変動する電力を直接供給することはない組み合わせです。断続変動がない高品質の安定な電力が,需要に応じて供給できる体制が出来ます。

 

12. 世界の趨勢

 

 世界,特にヨーロッパでは,多くの国や都市が100%再生可能エネルギー源を目指して努力しています。これは必然的に省エネルギーを伴います。石炭火力発電や原子力発電はエネルギー効率が40%以下で,60%以上のエネルギーが温排水として捨てられています。これに対し,再生可能エネルギー発電はエネルギーロスがありませんし,二酸化炭素も排出しません。

 

 輸送の分野では,エネルギー効率が15%以下で,二酸化炭素を排出するガソリン車やディーゼル車の販売や乗り入れを将来禁止する国や都市が次々と名乗りを上げています。それに代わる電気自動車は,二酸化炭素を排出しない上に,エネルギー効率が70%代ですから,世界の全ての自動車産業が主力を電気自動車の開発改良に注いでいます。

 

 建物は3重窓にして熱絶縁性を向上させ,全てをLED照明にするなど省エネルギーを進めるだけでなく,自前で電力を造り,外部からのエネルギー供給を殆どゼロにすることが進んでいます。

 

 このようにして, 100%再生可能エネルギー源を目指す国や都市では,将来の一次エネルギー需要は,2010年当時の一次エネルギー需要の半分になるだろうと考えています。

 例えば,日本のエネルギー消費量で考えてみると,2017年の総発電量は1.056TkWh[13]で,これは年間一次エネルギー消費量20.552677Exa J [5] の18.5%でした。これを全てエネルギー効率40%の火力発電で造っていると,温排水として捨てられたエネルギーロスは,年間一次エネルギー消費量の27.7%でした。この1.056TkWhをエネルギーロスのない再生可能エネルギー発電にすれば,二酸化炭素を排出しないだけでなく、年間一次エネルギー消費量の27.7%を節約できます。

 また,エネルギー効率が15%のガソリン車やディーゼル車をエネルギー効率が70%の電気自動車に変えると,電気自動車のエネルギー消費量は,現在自動車が消費しているエネルギーの4分の1以下で済みます。

 

 産業,業務,市民生活でも,同じように省エネルギーが進みます。

 こうして,全エネルギー消費量が現在の半分以下になることは,理解できます。

 

13. これからの日本

 

 100%再生可能エネルギー源電力を考えているヨーロッパの国々や都市のように,日本でも100%再生可能エネルギー源が実現すると,現在の一次エネルギー消費量の半分と考えられる電力を再生可能エネルギーで造ることになります。

 日本の電力に占める再生可能エネルギーから得られている電力の変化を図8[13]に示します。ヨーロッパでは,風力,太陽光,バイオマスが主要なエネルギー源でそれぞれを伸ばす努力が盛んに行われています。日本では太陽光発電はある程度伸びていますが,風力がまだ殆ど使われていません。

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図8. 日本の電力の再生可能エネルギーからの電力の割合

 

 日本は,石炭火力発電と原子力発電で電力を賄うとし,再生可能エネルギーによる発電は,言わば,日本でもやっていますよと世界に示すことが,主要な役割のように見えます。2019年12月マドリッドで開催された第25回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP 25)でも,日本は,石炭火力発電と原子力発電で電力を賄うと世界に宣言して,化石賞を二度も戴いた国です。送電網も当然電力会社のもので,再生可能エネルギーによる電力を送電網に載せて戴くのも大変ですし,電力が余れば,再生可能エネルギーによる発電を止めろと言われます。

 

 しかし,地球温暖化のこれ以上の進行を避けるために,二酸化炭素の排出を止めなければ世界が生きて行けないと,世界は進み出しています。自然の有機原料である石油や石炭を子孫に残して,世界が安全に暮らすために,100%再生可能エネルギー源に変えるということが世界の趨勢で,化石燃料発電や原子力発電を早く止めなければいけないと世界は努力しています。日本も産業界からは,100%再生可能エネルギーとか二酸化炭素排出ゼロという言葉が聞こえるようになりました。世界に出て行かなければならない産業界は世界の趨勢を知っているからです。

 経済産業省は低効率の石炭火力発電を2030年までに90%止めると言い出しました。これは二酸化炭素の排出を減らすためだと言っています。しかし,高効率の石炭火力発電は重視して,新たに建設まで認めるそうです。2030年には,液化天然ガス,石炭,原子力,石油発電で総電力の80%近くを賄い,再生可能エネルギー発電は,図8の2019年の値より4%の伸びも期待しないということです。再生可能エネルギーによる発電は,国民が勝手にやれば良いということでしょう。日本でも大雨や洪水を始め,温暖化による災害が年々激しくなり,たくさんの人が亡くなっています。しかし,これは世界の問題で,日本が積極的に取り組むことではないと,世界と協力して,二酸化炭素排出を減らそうという認識にはなりません。温暖化を阻止するためには,100%再生可能エネルギー源を目指し,発電で二酸化炭素を排出しないと言う,世界の人々の努力の向かっている道をまったく理解しようとしない利己的振る舞いは,残念としか言いようがありません。

 石炭火力発電と原子力発電で電力を賄うと幾ら言われても,世界に良い顔をしていたい日本が,世界からひんしゅくを買い爪弾きされる利己的振る舞いを,いつまで続けることが出来るでしょうか。今の電力会社は,いずれ廃れて行く石炭火力発電と原子力発電だけでは未来がありません。電力事業者が生き残るためには,自ら進んで再生可能エネルギー発電とその送電に舵を切り,業界のリーダーを務める必要があります。石炭火力発電は,再生可能エネルギーからの電力がまだ不十分なために,今は使っているに過ぎないという立場でなければ世界では通用しません。太陽光発電や風力発電始め再生可能エネルギー発電の事業者と協力して,再生可能エネルギーによる発電量を増すことにこそ,集中しなければなりません。

 

 再生可能エネルギーからの電力が主役になるためには,余剰電力を蓄えて,再生可能エネルギーから直接発電の電力の欠点である断続変動をなくし,高品質の安定な電力を,変動する需要に応えるに十分な量供給できる体制を確立しなければなりません。

 

 

14. 電力供給は各地域から

 

 

 再生可能エネルギーからの電力生産と供給の地域のモデルは図9のようになることでしょう。

Fig.9.jpg

図9.地域ごとの発電と内外への電力供給モデル

 

 

 再生可能エネルギーを使うために,地域の発電施設の他,ほとんどの建物や家屋が自前の発電施設を備えることも進むことでしょう。EUは,公共の新築建造物は2018年12月31日までに,そして 全ての新築建造物も2020年12月31日までには外部からのエネルギー供給ほぼゼロにすることを決めています[14]。

 再生可能エネルギーから高品質の安定した電力を供給するために,余剰の電力をメタンに変えて蓄えます。そのために,再生可能エネルギーから造られるできるだけ沢山の余剰の電力を水の電気分解に使って水素と酸素を生産します。生産した水素は,二酸化炭素と反応させて,合成天然ガスであるメタンを生産します。これに必要な二酸化炭素は,合成天然ガス発電プラントの排気ガスタンクから送られます。酸素は排気ガスタンクから送られる二酸化炭素で薄めて,メタン燃焼に使います。

​ これはちょうど図7のメタン燃焼容器を天然ガス発電プラントに置き換えた形です。再生可能エネルギーから得られる電力の余剰分を用いる水の電気分解反応(1)で生じる水素は,蓄えずに反応(2)でメタンに換えられます。蓄える気体は,メタン,二酸化炭素,酸素です。酸素タンクの大きさは,反応(1)と(3)から分かるように,メタンタンクの2倍の大きさです。酸素タンクは,天然ガス発電プラントの脇に設置します。こうして,再生可能エネルギーから余剰電力が水の電気分解に得られる限り,余剰電力をメタンの形で蓄えることができます。このメタンを必要量の天然ガス発電に使い,再生可能エネルギーから直接発電される断続変動する電力を補填します。こうして,高品質の電力を変動する需要に応えて供給します。

 

 水素と酸素の製造の原料となる水とメタン製造の原料となる二酸化炭素は,式(1),(2),(3)の全反応のように,リサイクルされ供給の必要はありません。もっとも日本では水のリサイクルは必要でない場合が多いことでしょう。

 この地域では,地域と外部の電力需要と季節や天気予報を考慮して,高品質で安定な電力を内外に供給します。再生可能エネルギーからの直接発電は制限せずに得られる電力を送電用とメタン製造用に分けること,および合成天然ガスによる発電量を需要に応じて決める日々あるいは時間ごとの制御が発電協同組合の重要な仕事となるでしょう。

  このようにして各地から外部へ供給される安定な電力は集められて,産業や交通や都市の電力需要を満たすことになるでしょう。

 天然ガス発電のエネルギー効率は約50%です。天然ガス発電プラントの温排水に残る50%のエネルギーは,この地域の農業,牧畜,養殖,暖房などに使われます。

 

 

15. おわりに

 

 現在の1万1千年続く間氷期に,人類は農業牧畜を始めました。この間氷期は,産業革命前まで,現在の全ての生き物にとって最も安全な時でした。ところが,私たち人間は,無知のまま大量に二酸化炭素を排出し続け,人類を含む多くの生き物を危険にさらす地球温暖化を引き起こしてしまいました。

 この私たちの振る舞いを反省して,今,私たちは地球の平均気温が産業革命前より2℃までは上がらないようにしようと,努力し始めています。

 全世界の協力で,再生可能エネルギーからの電力の形で,必要なエネルギーを十分に供給できる平和で安全な世界を築くことができることを願うものです。

謝 辞

 

 本文のデザインと掲載は,東北大学金属材料研究所秋山英二教授のご好意によるものです。心より感謝します。

文献

[1] T. Nakazawa, T. Machida, M. Tanaka, Y. Fujii, S. Aoki, O. Watanabe:    

  Atmospheric CO2 concentrations and carbon isotopic ratios for the last 250 years deduced from an   

  Antarctic ice core, H 15, 

           Proceedings of Fourth International Conference on Analysis and Evaluation of Atmospheric CO2 Data, 

           Present and Past, pp.193-196(1993).  http://caos.sakura.ne.jp/tgr/observation/co2 

[2] 気象庁     

  http://ds.data.jma.go.jp/ghg/kanshi/obs/co2_monthave_ryo.html.

[3] IPCC Fourth Assessment Report: Climate Change 2007: Working Group I: The Physical Science Basis 

[4] A. M. Haywood, H. J. Dowsett, P. J. Valdes, D. J. Lunt, J. E. Francis, B.W. Sellwood

        Introduction. Pliocene climate, processes and problems,

          Phil. Trans. R. Soc. A 13 January 2009.doi: 10.1098/rsta 2008.0205.

[5] U.S. Energy Information Administration, 2019,  http://www.eia.gov/tools/a-z/

[6] World Nuclear Association, 2019, http://www.world-nuclear.org/

[7] E. Cardis et.al: Cancer Consequences of the Chernobyl Accident: 20 Years On,

         J. Radiol. Prot., Vol. 26, No.2, pp.127-140 (2006)

[8]チェルノブイリ原発の事故による環境への影響とその修復:20年の経験

        チェルノブイリ・フォーラム専門家グループ「環境」の報告

        日本学術会議訳

[9] H. Habazaki, T. Tada, K. Wakuda, A. Kawashima, K. Asami, K. Hashimoto:  

      Amorphous iron group metal-valve metal alloy catalysts for hydrogenation of carbon dioxide. 

       In C. R. Clayton, K. Hashimoto eds. Corrosion, Electrochemistry and Catalysis of  Metastable Metals 

         and Intermetallics, 

        The Electrochemical Society, pp.393-404 (1993)

[10] White Paper of Electrical Energy Storage, by International Electrotechnical Commission 2011,

      http://www.iec.ch/whitepaper/pdf/iecWP-energystorage-LR-en.pdf

[11] S. Meguro, T. Sasaki, H. Katagiri, H. Habazaki, A. Kawashima, T. Sakaki, K. Asami, K. Hashimoto

        Electrodeposited Ni-Fe-C cathodes  for hydrogen evolution, 

         J. Electrochem. Soc., Vol.147, pp.3003-3009 (2000)

[12]  橋本功二,秋山英二,幅崎浩樹,川嶋朝日,嶋村和郎,小森充,熊谷直和

          グローバルCO2リサイクル,

          材料と環境, Vol. 45, pp.614-620 (1996).

[13]【速報】日本国内の電力需給(2019年)における自然エネルギー割合,

         認定NPO法人環境エネルギー政策研究所, 2020年2月18日,https://www.isep.or.jp/archives/library/12464

[14] DIRECTIVE 2010/31/EU OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 19 May 2010

       on the energy performance of buildings 

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